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熊本地方裁判所 昭和36年(行)3号 判決 1962年7月18日

原告 破産者荻本又喜破産管財人広石郁磨

被告 熊本国税局長・国

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実と理由

第一、当事者の申立

原告は、

一、被告熊本国税局長が熊協第一〇四五号審査請求事件について昭和三十五年十二月二十七日にした審査請求棄却決定を取消す。

訴訟費用は被告熊本国税局長の負担とする。

二、かりに前項の請求が認められないときは、原告と被告国との間において、破産者荻本又喜に対する昭和三十四年度所得税金百四十二万七千九百円および同年度個人資産再評価税金三万四千円の債権は破産者荻本又喜の破産財団債権として存在しないことを確認する。

訴訟費用は被告国の負担とする。

との判決を求め、

被告ら指定代理人は、

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求めた。

第二、当事者間に争いがない事実

(一)、荻本又喜(以下「破産者」という。)は、昭和三十四年一月二十三日午前十時、大分地方裁判所において、破産の宣告をうけ、原告がその破産管財人に選任された。

(二)、原告は、昭和三十五年三月十六日、臼杵税務署長から、破産者が申告した昭和三十四年度所得税滞納金百四十二万七千九百円および同年度個人資産再評価税金三万四千円について、同租税債権が破産者の破産財団に関する財団債権であるとして、滞納処分としての交付要求をうけた。

(三)、右租税債権が成立した事情は、つぎのとおりである。

(イ)  破産者は、破産宣告前の昭和三十三年十二月三十日、その所有する酒造権(酒造用米の配給をうけることができる地位)二百五十石分を、山梨銘醸株式会社に対し、酒造権譲渡についての管轄行政庁の認可があることを条件として、代金七百五十万円で譲渡する旨の契約を、同会社との間に結び、即日うち金二百五十万円を受領し、残金五百万円は行政庁の認可があつたとき支払をうける旨約していた。

破産宣告後、原告は、債権者集会の決議を経て、右会社に対し、右酒造権譲渡契約の履行を請求し、昭和三十四年九月十四日、臼杵税務署長から右譲渡契約について同意をうけ(同契約にいう管轄行政庁の認可にあたる。)、同月二十八日同会社から残代金五百万円を受領した。

(ロ)  破産者の不動産は、株式会社西日本相互銀行からの別除権行使としての競売申立(大分地方裁判所昭和三十四年(ケ)第五号)により、昭和三十四年十一月七日、金百七十万一千八百四十六円で競落され、同月十二日競落許可決定がされた結果、同年十二月十一日右代金が納付された。

(ハ)  臼杵税務署長は、破産者をして、右(イ)の金七百五十万円および(ロ)の金百七十万一千八百四十六円について、昭和三十四年度分の所得税確定申告(申告額金百四十二万七千九百円)を、また(ロ)の金百七十万一千八百四十六円について個人資産再評価税の申告(申告額金五十六万六千八百円)をさせた。

(四)、原告は、右租税債権は財団債権にならないから(二)記載の交付要求は不当であるとして、昭和三十五年四月四日、臼杵税務署長に対し、再調査の請求をしたところ、同税務署長はこれを審査請求として被告熊本国税局長に回付した結果、被告熊本国税局長は、同年十二月二十七日、「本件租税債権は、破産財団を構成する財産の処分により発生したものであり、これらの財産処分は破産債権者の共通の利益に帰するものであるから、破産法第四十七条第二号但書該当の財団債権である。」という理由で、審査請求棄却の決定をした。

第三、当事者の主張

一、原告の請求の原因

(1)、本件の所得税、個人資産再評価税(以下「本件租税」という。)債権は、つぎの諸理由により本件破産財団の財団債権にはならないものである。

(一)、破産者には所得がないのであつて、所得税が成立する余地がない。

(イ) 破産者は破産宣告(昭和三十四年一月二十三日午前十時)によつて、当時の所有財産中差押禁止物を除く全財産が破産財団に属することになり(破産法第六条)、以後破産者の財産は存しなくなる(その後取得したものを別として)のである。

したがつて、破産財団に属する財産を処分したことによる効果はすべて破産財団に帰属することになるのであつて、破産者の所得になるものでない。

(ロ) そして、破産財団の側からみても、破産財団に属する財産の処分は、破産債権(財団債権、別除権ある債権を含む―以下同じ。)を充足するための行為、換言すれば破産債権取立行為であるのであつて、財団の所得にもならないのである。

(ハ) 破産財団に属する財産の処分は、破産債権に充足される範囲においてなにびとにも(破産者にも破産財団にも)所得は存しないのである。所得という概念を容れる余地がないのである。

(ニ) 破産者が、破産財団に属する財産の処分によつて生じた収得を自己の所得であるとして申告したとしても、この申告により所得が生ずる筈はない。

したがつて、租税債権も生ずることはないのである。

(二)、かりに破産財団に属する財産を処分した結果破産者に所得が生じ、所得税および個人資産再評価税の本件租税債権が成立するとしても、本件租税債権は本件破産財団の財団債権にはならない。

本件租税債権が発生した(所得が生じた)時期は破産宣告(昭和三十四年一月二十三日午前十時)より後であり、右債権は「破産財団ニ関シテ生ジタモノ」とは言えないからである。(破産法第四十七条第二号但書)

右の「破産財団ニ関シ」との法文に関する原告の見解は、つぎのとおりである。

(イ) 「関シ」とは、税の発生が直接的な場合だけを指し、それが間接的な場合を含まない。

税法は、一般にその表現が複雑で細部にわたり規定し、ときには繁さにすぎると思われる場合さえある。期待する税の範囲の逋脱を防ぐため、そのようにされているのである。

本条のように破産法に他になんの定めもない場合には、税法一般の表現例からして、法は直接的な場合だけを予定し、間接的な場合をまで含めてはいないと解しなければならない。間接的な場合をも含ませようとするときには、必ずそのような表現がある筈である。

(ロ) 次に、この「関シ」という字句は、いわゆる物税すなわち物品税、固定資産税等のように物自体が課税の原因となつている場合のみを指し、物以外の関係すなわち人税の範囲にまで及ばないと解すべきである。

ところで所得税、個人資産再評価税が人税であることについては異論がないのである。

いま、この「関シ」を仮に人税にまで及ぶものと解すれば、つぎのような不合理が生じるのである。

所得税は、特定人の当該年度における所得税法第九条所定の各種の所得が綜合され、これに累進税率が乗ぜられて課税額が決まるのである。破産者も自活の途を講じなければならない(本件において破産者およびその家族の扶養料は支給されないことになつている。)そこで、破産者に自活のための給与所得、事業所得等があれば、これと破産財団に属する財産処分による所得とを合わせて課税されることになるわけである。ところが、このように綜合された課税において財団に関する部分をどのようにして分けるか、税率をどうするかということに関して法にはなんの規定もないのであるから、どのようにしたらよいかが判らず結局課税は不能になるのである。

このようなことからも、「関シ」とは初め述べたように物税だけを指すと解しなければならない。

(ハ) 国税徴収法は、一般債権者のために設定した抵当権、質権等のために、旧法第三条、現行法第十五条以下において、国税の優先を制限している。

破産法第六条は、破産宣告当時破産者が有する一切の財産を破産財団とするとしている。この破産財団はその性質(法人か財産集団か)如何にかかわらず、破産債権者のための一種の担保であり、破産法第六条はこの担保権設定を法定したものであると解することができる。

当事者が任意に設定した担保権が国税より優先する取扱をうけるのに、法律により担保権を設定された破産債権が国税に優先することなく不利益に取扱われるのは権衡を失する故、破産財団により担保される破産債権は国税に優先する点において抵当権、質権に準ずるかあるいはそれ以上のものでなくてはならない。したがつて、本件租税債権は破産債権に優先する財団債権となるものと考えることは間違いである。

破産法の制定は大正十一年であつて、当時既に国税徴収法の旧法第三条の規定があつたのであり、破産法第四十七条第二号但書により一般担保権よりも国税優先を制限する規定が設けられたことから考えても右のように考えられるのである。

それゆえ、「破産財団ニ関シ」との字句は狭義に解釈すべきものである。

(ニ) また、本件租税債権が財団債権となるとすると、つぎのような不合理が生じる。

たとえば、破産財団債権が金百万円あり、破産財団に属する財産の処分金が金百万円あつたとする。

この処分金百万円は全部破産財団債権に充てられ、そのうえ更にその処分による所得税が新らしく財団債権として前の財団債権と同一順位にくることになる。

財団債権のうち破産宣告前に生じたものをA、その後に生じたものをB、一般破産債権をCとすると、

〔財団財産処分金=(A+B+C)〕×所得税率=B

という算式ができることになる。この算式によるとBの価は不等となる。

要するに順位が変ればともかく、破産宣告当時の財団債権と破産財団に属する財産の処分金にかゝる所得税が同順位に来て、この所得税金が財団債権となると言う点が不合理ではないかと思うのである。右の数式はかゝる不合理を示すものである。

税は種目が異なりさえすれば二重、三重になつても別に不合理ではないように考えられる。しかし、それは収入が継続的にある場合であつて、殊に所得税は所得の次年度の税として課せられていくので疑義が生じないのである。ところが、破産財団は破産宣告当時の破産者の財産で限定され、その後はその財産の処分があるだけである。破産宣告当時の財団債権は破産財団の全財産のうえに権利を有するものである。その場合財団財産を処分したために生じた租税債権が財団債権として前の財団債権と同順位になることは不合理なものとしか言えない。

(ホ) 破産事件の性質もしくは破産債権者の立場を考慮して条理に従つて考えれば、破産原因は破産者たる債務者の支払不能であり、実際問題として破産債権が完済されることはまずないのであるから、このようなところへその破産財団に属する財産の処分金を破産者の所得として所得税を課し、これを一般破産債権者より優先して取立てようというような立法は考えられないのである。国税の賦課、徴収に関する法は高利貸に類するものであつてはならない。

(ヘ) 行政実例をみるに、全国に破産事件は多く、本件に該当したりあるいは類似したりする場合があることは明らかであるのに、破産財団に属する財産処分に所得税を課した例はないようであり、まして財団債権として交付要求をした事例はない。

(三)、破産者が本件財産処分金をその所得であるとして、所得税や個人資産再評価税の申告をし、破産者に対する関係で本件租税債権が確定したとしても、少くとも破産財団との関係では、破産宣告後にされた破産者の右申告行為は、それが法律行為と言えないとしても破産法第五十三条を準用して、破産債権者に対抗することができないものと言わなければならない。

(2)、以上のとおりであるから、本件交付要求は不当であり、被告熊本国税局長がした審査請求棄却決定は違法であるから、同局長を相手方として同決定の取消を求める。

(3)、かりに右交付要求が行政処分でなく単なる支払催告であると解しなければならないとすれば、被告熊本国税局長に対する請求は不適法として却下される筋合であるので、このようなときは、予備的に被告国を相手方として、本件租税債権が財団債権とはならないとの確認を求める。

二、被告らの答弁および主張

(一)、本件租税債権が財団債権にならないということについての原告の主張は否認する。

(二)、本件譲渡所得は破産者の所得である。

破産者は、破産宣告により破産財団に属する財産について管理処分する権限を失うけれども、その所有権まで失うものではない。破産財団に属する財産は依然として破産者に帰属する。したがつて、その財産の処分により生じた所得は、当然に破産財団に含まれ破産者に帰属することとなる。破産債権者は破産財団を換価したものによつて弁済をうけることになるのではあるが、破産者は破産債権について債務者としての地位を失うものではなく、破産債権の弁済によつて、それだけ破産者の債務も消滅することになるのであるから、破産財団に属する財産の処分により生じた所得が破産者に帰属することは言うまでもないことである。

(三)、本件租税債権は財団債権である。

(イ) 本件租税債権の原因は、破産宣告前に生じたものである。

1、譲渡所得は、譲渡価格から取得価格、設備費、改良費および譲渡に関する経費を控除して算定される(所得税法第九条第一項第八号)。そして、税法においては、この譲渡差益が現実化した年すなわち当該資産が譲渡された年に所得があつたとして計算し課税することとしている。

しかしながら、譲渡差益は、譲渡の年に一度に発生するものではなく、取得の時から譲渡に至るまでの間除々に発生し蓄積されているのであつて、税法は種々の事由からこれが現実化したときを捉えて課税しているのに過ぎない。したがつて、譲渡所得に関する所得税の原因は、譲渡時に限るものでなく、取得時までさかのぼり、そのときから譲渡時に至る間に存するものと言わなければならない。

本件についてみれば、譲渡自体は破産宣告後であつても、譲渡所得に関する所得税の原因は破産宣告前にあるのである。

2、個人の資産再評価税は、当該資産(ただし、減価償却資産で既に再評価をしているものを除く。)を譲渡などした場合、当該資産について基準日(昭和二十八年一月一日)において再評価したものとみなして課税されるものである。したがつて、課税されるのは譲渡の年であつても、その原因は既に前記基準日に存するのである。

(ロ) 右の主張が理由がなく本件租税債権が破産宣告後に生じたものであるとしても、本件租税債権はいずれも「破産財団ニ関シ」生じたものである。

破産法第四十七条第二号但書にいう破産財団に関して生じた租税とは、通常固定資産税のような破産財団に属する財産に関する物的税を指すものとし、その理由として、これら財産の換価代金は破産債権の弁済にあてられ、破産債権者の共同の利益に資するものであるからとされている。

そうだとすると、右換価代金に含まれている譲渡差益も同じく破産債権者の共同の利益に資するものであつて、右譲渡差益に対して課する所得税と財産自体に課する固定資産税等物的税とその取扱を異にすべき理由が見出せない。

また、資産再評価税も、破産財団に属する財産の評価益に対する課税であつて、当該破産財団に関し生じたものにほかならない。

(四)、一般に、破産者の納税申告は、税法上の一般原則にしたがつて破産者が破産者名義で行い、決定、通知、督促も亦破産者にあててしている。

右申告には破産財団に関する所得と自由財産に関するそれとを区別しないが、財団債権として優先配当をうけるべき税額はその申告にかかる総税額のうち破産財団に属する財産に関する所得が総所得に占める割合により算出する。そして、財団債権としての租税債権は、破産財団から任意に納付をうけあるいは差押にかわる交付要求により弁済をうけることになるのである。

三、被告らの主張に対する原告の答弁

(三)の(イ)について

譲渡所得を計算する方法は被告らが言うとおりであり、所得益がある場合その差益は取得時からの累積によるものであるとの主張も争わない。しかし、そうだからといつて、その遠因または成因が破産法に言う請求権の基礎となる原因とはならないのである。譲渡所得は譲渡行為のあつた年度の所得として課税されるのであつて、ただ課税額を算定する方法として被告らが主張する事実操作が行われるのである。各年度の増加が原因であるとすると、五年以前の原因すなわち増価に対しては時効により課税することができなくなるのである。

本件においては、譲渡がされた昭和三十四年九月十四日が課税原因の日であり、破産法に言う破産宣告後の原因に基く請求権であることは明らかである。

(四)について、

財団債権として優先配当をうけるべき税額を、被告らが主張するような按分により定める方法は、税法上そのような規定がない以上許されるものでない。

第四、当裁判所の判断

一、破産財団に属する財産の処分により破産者に所得が生じるか。

(1)、破産者が破産宣告の時において有する一切の財産はこれを破産財団とし(破産法第六条)、その管理処分をなす権利は破産管財人に専属する(同法第七条)。したがつて、破産者は破産財団に属する財産について管理処分する権限を失う。しかしながら、このことから直ちに原告主張のように、破産宣告後破産者の財産は存しなくなると云うことはできない。すなわち、右破産法の趣旨は破産者の財産に対する一般的執行を遂げる目的のために、破産者をして破産財団に属する財産の管理処分権を失わせただけのことであつて、これ以外の所有権等の権利をまで失わせるものではないのであるから、右財産の所有権等は破産宣告があつた後も依然として破産者に帰属し、破産者は相変らず破産財団に属する財産の権利主体であると解するのが相当である。

(前記のように管理処分権が破産管財人に専属することとなるため、破産財団は、社会的、経済的には破産者から独立して破産者の債権債務清算の目的にしたがつて活動する。この点からして、破産財団を破産者から独立した別個の権利主体であり、更には法人であるとする見解も理由がないわけではないが、法人は法の規定によらない以上成立しないものであるのに、破産財団は財団法人に該当するとみることもできないし、また破産法上破産財団を法人とする規定もないのであるから、破産財団を法律上法人であるとする法律上の根拠に乏しいばかりでなく、また前記のように所有権等の権利の最終の帰属者が破産者であるとする以上破産財団を破産者と相竝んだ別個の権利主体であるとすることもできない。)

したがつて、破産財団に属する財産を処分した効果はその権利の主体である破産者に帰属するものと云わなければならない。

(2)、破産手続は、破産宣告当時における破産者の有する財産を処分、換価して破産者の債務を弁済することを目的としている。このような目的に奉仕するのであるから、この手続においては、債務の弁済、反対に見れば破産債権の取立が第一義的に考えられるのは当然である。しかしながら、それだからといつて他の効果が生じることはないと云うことはできない。

ところで以下に述べる「所得」とは所得税法第九条に云う所得を指すが、同法条によれば、財産の換価がありそこに取得価額、設備費、必要経費等を超える差益があればそれだけ(譲渡)「所得」が発生したものとしているのである。そして、法は債務の弁済のための財産の換価であるからといつて、特に例外を設けてはいないのである。したがつて、財産の換価金がゆくゆくは債務の支払にあてられるにしても換価によりその財産の所有者に「所得」が生じることに変りはない。

債務の弁済が主目的である破産手続においてされた財産の換価も、破産手続以外で債務の弁済にあてるため財産を換価することと物の譲渡、換価という実質においては同じものである。

よつて、破産手続による財産の換価においても「所得」があると云わねばならない。

(3)、以上のとおりであるから、破産財団に属する財産を譲渡したことにより所得税法第九条にいう所得が破産者に生じるのである。

二、本件租税債権の発生原因は、破産宣告の前か後か。

破産法第四十七条第二号但書にいう請求権が生ずべき原因とは、右請求権が発生すべき事実、状態が発生したときを云うものと解すべきである。

租税に関する債権債務は、法定の課税要件が充足されたときすなわち課税物件たる事実が発生して収入すべき金額が確定し課税標準を決定し税率を適用して納税額を決定することができる状態が生じたときに発生するものと云うことができる。

本件租税債権についてみれば、(譲渡)所得税は目的資産が譲渡されたとき、個人資産再評価税は当該資産が譲渡等されたときがそれにあたると云わなければならない。しこうして、酒造権の譲渡については、酒税法上監督官庁の許可がなければ譲渡の効力を生じないものと解しなければならないものであるから、本件譲渡契約は右許可のあることを法定条件とする契約であると考えなければならない。したがつて、酒造権の譲渡の効果が生じたのは、監督官庁の許可がされた昭和三十四年九月十四日であり、この日が本件(譲渡)所得税債権の発生の原因のひとつが生じたときである。また、本件個人資産再評価税の対象となつた不動産の所有権移転が確定した日は競売手続において競落代金が納付された同年十二月十一日であるから、この日が同税債権の発生原因が生じ、かつ、本件(譲渡)所得税債権の発生の原因のひとつが生じた日であると云うことができる。

譲渡所得は譲渡価格から取得価格、設備費、改良費および譲渡に関する経費を控除して算定されるものであり、この譲渡差益は、被告ら主張のとおり、取得時から譲渡時までに潜在的に徐々に発生し蓄積されたものであると云える場合が多いであろう。しかしながら、破産法第四十七条第二号但書にいう請求権の発生原因とは請求権発生の直接の原因である(譲渡差益を現実化する)譲渡等それ自体を指すものであると解するのが相当であつて、前記の所得算定方法に関する所得税法の規定は単に租税債権の数額を算出する根拠、方法を法定したに過ぎないものであるから、この規定に基き右の徐々に発生して来た差益となるべき価格増加を請求権発生の原因と定めているとみることは正当でない。

また、資産再評価法においては、資産を再評価する基準日を昭和二十八年一月一日と定めている。しかしながら、この規定も資産を再評価する日を決めているだけのものであつて、租税債権の発生する日を決めたものではなく、資産再評価税債権の発生原因は、前述のとおり、右基準日の後において当該資産が譲渡等されたときであると解すべきである。

よつて、本件租税債権は、いずれも破産宣告後の原因に基く請求権であるといわなければならない。

三、本件租税債権は、破産財団に関して生じたものかどうか。

本件租税債権は、破産財団に関して生じたものと解するのが相当である。

破産法第四十七条第二号但書により、破産宣告後の原因に基く国税徴収法により徴収することができる請求権のうち「破産財団ニ関シテ生ジタモノ」が財団債権とされるのは、これが、破産財団の存立(維持、管理、換価)に伴い当然発生する出捐のひとつで、破産債権者が共同して負担すべき本来の財団債権たるべきものであつて、同条第三号の破産財団の管理、換価および配当に関する費用に含ませることもできるものを、特に租税等の債権であるためここに明示したものであるとみることができるのである。

したがつて、租税等の請求権が「破産財団ニ関シテ生ジタモノ」かどうかを決めるには、それが破産財団の存立に伴うものとして破産債権者が共同に負担すべきものであるか、あるいは破産財団とは関係なく破産者個人の自由財産から満足を得べきものであるかどうかを基準として考えるべきである。この基準により本件租税債権をみるに、(譲渡)所得税は破産財団に属する財産(酒造権および不動産)を換価したことに伴い生じた所得を原因として発生したものであり、個人資産再評価税は適正な減価償却を可能にするため設けられたもので破産財団に属する財産(不動産)を譲渡(競売)したことに伴い基準日に該不動産が再評価されたことを原因として発生したものであり、いずれも破産財団に属する財産の存立に伴い生じたものであつて破産債権者が共同して負担すべきものであるとみることができる。

よつて、本件租税債権は破産財団に関して生じたものである、と考えるのである。

以下、原告が主張することについて当裁判所の見解を示す。

(イ)、「破産財団ニ関シ」とは、税の発生が直接的な場合だけを指し、間接的な場合を含まない、との主張について。

所得税のように、財産の換価によつて直ちにその換価金を基準として課税するのではなくその人の他の所得を合わせまとめてそれに課税するとしても、課税の方法としてそのように所得の綜合という経過をたどるのであつて、租税債権債務関係は(破産財団に属する)財産の譲渡等の換価によつて発生するのであるから、財産と課税との直接的、間接的関係を「破産財団ニ関シ」の意義を決める決定的な基準とすることはできない。

この考え方からしても、資産再評価税は直接的なものと云えるから「破産財団ニ関シ」生じたものと云うことができる。

(ロ)、「破産財団ニ関シテ生ジタモノ」とは物税に限るとの主張について。

原告が主張するように、税金を分けて物税、人税、行為税とし、この区分を「破産財団ニ関シテ生ジタモノ」かどうか区別する基準として用い、物税だけが即ち破産財団に関して生じたものとする説がある。

しかしながら、もともと財政学上重複課税を避けるために考えられた物税、人税の概念をそのままここに用いるのは妥当でない。

もつとも、課税物件が破産財団に属する財産であるものを物的なものと呼ぶ程度において物的、人的の区別を用いることはあながち無意味ではない。その意味では財団債権となるとみられるものは物的なものであると云えようし、そうでないものは人的なものとすることができよう。

この物的、人的な分け方によれば、本件租税債権はいずれも物的なものであると云うことができる。

ところで、所得税については、人のある年度における所得税法第九条に云う各種の所得全部がまとめられたうえこれに累進税率が乗ぜられて課税額が決められるものである。したがつて、原告が云うように、破産財団に関して生じた所得と破産者の自由財産に関して生じた所得とがある場合に、どのように課税するかその場合を予定した直接的な規定がないので、租税法律主義の面から問題が生じないではない。

(本件では、破産財団に関して生じた所得だけしかなかつたとみられるので、事実上この問題は生じない。)

しかしながら、課税対象たる所得は、破産者の自由財産に関して生じた所得はもちろん、破産財団に関して生じた所得も亦一に述べたとおり破産者そのものの所得である。

現行所得税法は、所得を生じた財産行為(課税物件)のいかんを問わないで(退職、山林譲渡各所得を除き)これを綜合してある人のひとつの所得として課税することになつている。

このことは、課税物件の中に破産財団に属する財産によるものが入つてきても、変りがないものと考えられる。

もともと、破産財団に属する財産に関して生じた租税(財団債権となる)債権の債務者は破産財団そのものであるとし(更には破産財団を法人とし)、破産財団に対する所得税と破産者個人に対する自由財産に関しおよび破産財団に関しないで生じた所得税との二本建にして課税することができれば、もしくはそうでなくとも破産者の所得を破産財団に関して生じたものとそうでないものとに分け二本建にして課税する規定でもあれば、法律関係を明確にすることができると考えられるのであるが、現行法ではそのように区別していないし、従来述べてきたとおりそのように解釈することも困難であるからである。

破産財団に関して生じた所得とそれ以外の所得とはそれぞれその額が確定でき、したがつて総所得額が確定される。このように所得(全部)の額が確定すれば、それに応じて課税率が定まりそれを乗じて課税額が算出される。ここまでは通常の場合と同じく法定されているものと云える。

問題は、現行法のもとでは右のように算出された税金を破産者の自由財産、破産財団のどちらからどのような割合で満足をうけるかを決める方法について直接の規定がないところにある。

しかし、法の明文がないから右の区別をすることはできないものであり、このことから所得税は財団債権とすることができないものであるとすると、課税対象となつた破産財団に属する財産の処分収益は破産財団のため用いられるのに、それに対する租税だけが破産者の自由財産から徴収されることになり、破産者に酷である。

この段階においては、既に総額が確定された所得税債権について、終局的な責任財産をどのようにするかということが問題になつているのである。所得税は破産者に対するものであり、満足をうくべき責任財産も破産財団、自由財産と分れてはいても破産者の財産であることに変りがないのである。

よつて、このような場合に合理的に破産財団に関する所得税額とそれ以外の所得税額とを分別することができれば、あながち租税法律主義に反することにはならないのである。

まず、所得税額を決めるについては、課税総所得金額が決まることによつて税率が決まるのであるが、その税率は所得額全部に対し平均して乗ぜられる。一所得のうち、一定額以下とそれ以上とで税率が段階的に異ることはない。

また、総所得金額から諸控除をさしひかれることによつてうける利益、破産財団に関する所得とそうでない所得とを合わせ課税されることによつて別々に課税されるよりも税率が累進することによつてうける不利益に関して各所得において優劣先後の順位があつてはならない。

以上のことを合わせ考えると、総所得金額のうち、破産財団に属する財産に関する所得額とそのほかの所得額との各占める割合に応じて、所得税額を区分することは可能であつて、しかも最も両所得に不公平がなく妥当な方法であると云うことができる。

以上のとおり、「破産財団ニ関シテ生ジタモノ」かどうかを区別するのに、物税、人税の区分を基準とすることは適当でないし、そうしないことによつてなんら不合理が生ずることもない。

(ハ)、破産宣告により破産債権者のため破産財団に対し担保権が設定されるのであるから、破産債権は、私人が任意に設定した質権、抵当権が国税に優先するのと同様にあるいはそれ以上に、国税に優先するとみるべきであるとの主張について。

破産宣告後破産債権は破産手続内では破産財団の範囲で弁済をうけるという面では破産財団が破産債権の担保となる機能が全くないわけではないが、それだからといつて破産法第六条が担保権設定を規定しているものとみることはできない。同条は破産手続において破産債権の弁済にあてる責任財産の範囲を法定したものとみるべきである。

破産債権者は、破産宣告に基き、あるいは個別的にあるいは債権者団体として、破産財団に属する財産について破産質権もしくは質権に類似する差押権を取得するとするのは、破産宣告当時はまだその主体客体とも一定しないのであるから現行担保物権法を支配する公示および特定化の原則に反することになり、これを採用し難い。

国税徴収法において質権、抵当権の被担保債権に国税に優先する力を与えているからといつて、破産債権に同様の力を与えなければならないとすることはできない。もちろん、そのような規定を設けることは可能であるが、破産法第四十七条第二号但書においては制限を加えてはいるが破産債権より先んずる財団債権となるものがあることを予想しているのである。

破産債権者のための共通の利益になることに関して生じた負担を破産債権より遅らせる理由は見出せない。

(ニ)、既に財団債権の目的となつている財産を処分したことによつて生じた所得税債権が前の財団債権と同順位になることは不合理であるとの主張について。

破産財団に属する財産を換価、処分したことにより生じた所得税債権が財団債権であるとすると、この租税債権はその前からあつた財団債権と同一順位に来ること、前の財団債権は破産財団から弁済をうけるということから破産財団に属する財産を引当としていることは、原告が主張するとおりである。

しかしながら、破産宣告により破産債権者への責任財産は破産財団として限定されるからといつて破産財団を維持、管理、換価等するために要する費用を破産財団から支出してはならないと云うことはできない。右の費用が租税の形をとつたからといつてこのことに変りはない筈である。原告の主張を徹底させれば財団債権の制度自体を否定することになるであろう。したがつてこの点に関する原告の主張は、「破産財団ニ関シテ生ジタ」かどうか考える規準とすることができない。

(なお、原告が主張する数式は常に正しいとは云いきれない。財団財産処分金が常にA、B、Cの総和と等しくなるということができないからである。むしろ、A、B、Cの総和と異ること(総和より少いこと)が通例であろう。処分金とA、B、Cの総和が等しくなつたとしても原告主張の数式からBが不等になることはない。AとCとは一定しており税率も処分金の額から法定されてくるのであるから、B=(A+C)×税率/1-税率となつて一定の額がでてくるのである。)

(ホ)、国税の賦課、徴収に関する法は高利貸に類するものであつてはならないとの主張について。

破産原因が破産者たる債務者の支払不能であるから、実際問題として破産債権が完済されることはまずないであろうことは、原告が主張するとおりである。

このような状態にあるときに租税債権を財団債権としこれに優先弁済をすることは、それだけ破産債権者に対する分配を減少させることになるものであり、破産債権者にとつては不利益をうけることになる。また、破産宣告をうけなければならないような支払不能にある者になお課税をする必要があるかどうかも考えさせられる問題である。しかし、他方支払不能な状態にはあつても「所得」が生ずることはあるのであり、また支払不能を課税免除の原因とすることになれば、わざわざ支払不能な状態を作り出して課税を免かれようとすることも防ぐように考えなければならない。

この両者の立場を考慮していずれにするかは社会、経済政策の問題である。

現行法では、破産者に対し課税を免除する特例を設けてはいない(所得税法第六条)。

政策上の問題点からのみで現行法規の解釈を導き出すことはできない。

(ヘ)、行政実例がないとの主張について。

本件に類するような事例はそれほどないであろうと当裁判所も考える。しかし、実例があるかないかの問題と法の解釈の問題とは別個のものである。

以上のとおり、原告が主張するところはいずれも終局において賛同することができない。

四、破産者がした本件租税申告行為は有効か(破産債権者に対抗することができるか)。

破産者が破産宣告の後破産財団に属する財産に関してした法律行為は破産債権者に対抗することができない(破産法第五十三条第一項)。そして、この法律行為は債務の承認、物の引渡、登記等の広義の法律的行為をも含むものと解せられる。

租税申告行為は、申告納税制をとる租税関係(本件租税はいずれもこれに当る。)においては、各税法所定の課税要件が完全に充足されて発生した租税債務について、発生とともに客観的には定まつているがまだ明らかになつていない具体的な金銭給付としての内容を明らかにし税額を確定する行為である。

そうすると租税申告行為も破産法第五十三条第一項の法律行為に含まれ、同条の適用をうけるもののように一応考えられる。

しかしながら、納税は国民としての公法上の義務であり、租税申告行為は納税者が自分の納税義務の具体的内容を決定してこれを国に通知するという公法上の行為であると云うことができるのであり、他方前同条は破産者の私法上の法律行為に対する規制であると考えられるのであつて、租税申告については破産宣告によつてもその管理、処分の権限ないし義務を破産者から奪うものではなく、破産者のした申告行為は同条の適用をうけないと解するのが相当である。

また、従前に述べたように破産財団に属する財産に関する所得とそれ以外の所得とを分けないでまとめて破産者の所得として課税されるという点からみても、破産者が破産財団に関する所得について申告することができなくなるとすると、破産管財人と共同してなら格別、破産者ひとりでは破産財団に関する所得を加えることができなくなる結果総所得金額ひいてそれに対する課税額を算出することができなくなるので破産財団に関する所得以外の所得についても完全な申告をすることができなくなるという結果になるのであつて、このことからしても右のように考えるべきである。もつとも、破産管財人と共同して申告をすれば総所得についての申告をすることができるのであるから、破産財団に関しての所得についての租税申告も破産管財人に専属するとみて差支えないという考えもできるのであるが、破産者と破産管財人との見解が異る場合殊に破産管財人は破産財団に関し破産者に所得はないと考え、破産者はその所得があると考える本件のような場合には前述のとおり申告をすることができなくなることもあるのであるから、破産宣告によつても、破産者の公法上の義務の履行を不能にすることがないように前記の結論をだすのが妥当である。

したがつて、破産者は破産財団に関する所得であろうと区別することなく総所得について有効に租税申告行為をすることができ、この申告によつて確定された税額のうち財団債権となるべき税額分が破産法第五十三条の適用をうけることなく破産債権者に対抗することができて同法第四十九条以下の規定により弁済をうけることになるのである。

五、結語

以上述べてきたところから、本件租税債権はいずれも破産者荻本又喜の破産財団に関する財団債権であると云わなければならない。

そうすると、税務署長は財団債権について国税徴収法第八十二条第一項により破産管財人に対し交付要求をしなければならないものであるから、本件の臼杵税務署長がした原告に対する交付要求は適法であり、それと同趣旨にでた被告熊本国税局長がした本件審査請求棄却決定に違法な点はない。

よつて、右棄却決定の取消を求める原告の請求は理由がないから、失当としてこれを棄却する。

また、本件租税債権が破産者荻本又喜の破産財団に関する財団債権と認められる以上、原告の被告国に対する請求の理由がないことも明らかであるから、この請求も失当として棄却する。

以上のとおりであるから、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 堀部健二 西沢潔 森林稔)

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